名古屋シリーズ 〜探偵になる、の巻〜

会社の労働環境は劣悪でしたが、マンション建設現場での仕事はすごく充実していました。他業者の親方たちによく可愛がってもらい、電気屋イジメもなくなりました。「ウチに来い」と言ってくれる親方も何人かいましたが、そこまでには至りませんでした。
ある日、滅多に会うことの無い社長から呼び出され、事務所に行くと唐突にも「探偵を始めたから助手として手伝って欲しい、他の社員には内密に」と言われました。「えっ!?」っという感じでしたが断る理由も無く、そんな経験はなかなかできるもんではないんで、よく分からないまま探偵助手をすることになりました。どうやら社長は探偵学校みたいなものに通っていたらしく、その卒業課題をクリアする為に僕が大抜擢されたようです。しかし皆さんもご存じの通り僕と言えば、声でかい、気配でかい、辛抱弱いと、探偵をするにはこの上なく不向きな人間である事は言うまでもありません。そうして僕と社長の探偵ごっこは始まりました。
課題は2件。難易度があり、どちらも顔写真だけの情報から居場所を突き止めるというものでした。そしてそれは実際の調査依頼だという事が伝えられました。1件目は中年男性の顔写真で、どこにでもいそうなサラリーマンでした。日中に社長が情報収集などをして、夜、張り込みや調査活動をするという感じで、1週間ほどで会社や通勤駅を洗い出し、自転車を追跡して家を発見しました。現場で働いた後の探偵ごっこは楽ではありませんでしたが、以外に楽しくもあり、なにより毎晩社長がおいしいものを食べさせてくれるのが楽しみでもありました。
2件目の写真は30歳前後の女性でしたがなかなか情報が集まらず、社長もイライラしていました。長きに渡る調査の結果、その女性は中国人のホステスだという事が判り、僕は名古屋一の歓楽街、錦町で張り込みをする事になりました。錦町といえば、その筋の人達が集まる所で、他にもその頃流行ったカラーギャングやヤバそうな外国人がわんさかいる、それはそれは恐ろしい街です。酔いつぶれて身ぐるみ剥がされたおっさんが道端に倒れているのを何人か見たし、僕も何軒かの飲み屋の出待ちをしているときに、イカツいお兄さんに「さっきから何やっとんや?」と凄まれ、チビリそうな程怖かったです。そんな努力の甲斐もあってその女性がいる滞在型ホテルの場所を突き止めました。いつのまにかノブオさんも駆り出され、それからは朝から晩まで交代での張り込みとなりました。現場に出られない日が3日間も続き、我慢も限界に。しびれを切らした僕は顔写真を持ってホテルのフロントへ向かい、「この人何号室に居ますか?」と聞きました。「少々お待ち下さい」と言われたまま20分程ロビーで待たされ、もう一度フロントに行くと「お答えできません」と言われました。ノブオさんの待つ車に戻ると、15分位前に走ってタクシーに乗って猛スピードで出て行ったとの事。いとも簡単に逃げられ、社長はかなりご立腹でした。その帰り道、ノブオさんに会社を辞めますと告げました。ノブオさんは引き止めませんでした。 続く…