新幹線では隣のおじさんとの気まずさ故に、トイレに立つのもままならず窮屈な時間を過ごしました。
京都駅に到着。
地下鉄にビビりながらもまず向かった先は、うちのお墓のある寺の臨済宗南禅寺派大本山南禅寺
実はうちお墓のお寺の老師様は南禅寺僧堂の理事を兼務なされていて、京都に来るのなら必ず立ち寄るようにとの事でした。老師様には昔から可愛いがってもらっており、僕からも是非訪たい所でした。
駅から地上に出ると小雨が降っていましたが、タクシーには乗らず徒歩で向かいました。決して観光地のような賑わいはなく、静かな路地に縁を流れる水路の音がずっと響いていました。
意外に迷わず到着。

ここを潜ると京都五山のさらに上、室町時代からの禅寺の座位によると最高峰の別格、南禅寺

まずは山門。

えっと、中学生のような表現しかできずに申し訳ないですが、でっかーっ!!!!
下に写っとる人の大きさ見て見んさい、どんだけデカイんかようわかろうがねー!なんつって興奮していると、老師様自らが出迎えてくださいました。

境内を案内して下さるということでまずは先程の山門の上部に上がらせていただきました。

かの有名な石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな…」と見栄を切る場面は歌舞伎の演目でも有名ですね。確かに、絶景。


本堂に御参りし、国宝級の屏風や襖絵、仏像などをフリーパスで拝観。
そしていよいよ南禅僧堂へ。
ここは観光地ではなく一般公開されていない場所。雲水と呼ばれる、言わば禅宗の修行僧が日々禅行に勤しむ道場であります。実は僕が独立する前、23,4の頃にお寺の仕事をさせてもらった際に、南禅僧堂から修行に来られていた若い雲水さん達とちょっとした交流がありました。朝、仕事を始める前に40分ほど座禅を組み、朝食、昼食を共に戴きました。一切の煩悩を捨て、「起きて半畳、寝て一畳」の厳しくも、暖かい修行をされている雲水さんたちの姿に胸を打たれ、それ以来というもの雲水さんが大好きになったという事です。
雲水さんたちの眼光は鋭く、パワーがみなぎっているので坐禅の時に警策で肩をパシッと叩かれるやつが、パシッじゃ済みません。スッパーンって警策が折れますから(笑)
話がそれました。門を潜ると、やっぱり空気が違う。草むしりをしていた若い雲水さんたちがすくっと立ち上がり、頭の手拭いをとり手を合わせ、深々と頭をお下げになる。とりあえずこちらもまねをします。
客間に通され、お茶を頂く。あ、お抹茶ね。目が泳ぐ僕に、作法など気にせんでよい! と言わんばかりに豪快に飲まれる老師様。とりあえずまねします。
かく部屋の入り口には人が座るほどの畳が擦り切れた跡がありますが、それは雲水が毎日、何十回も頭を下げる跡だそうです。
二階にある老師様のお部屋にも通していただき、しばしの談話を。
するとなんと雲水さんが昼食の御用意をしてくださっていました。失礼に当たるので写真などは撮っていませんが、大根の炊いたものと若布がのったお蕎麦に、青菜の胡麻和え、おむすびと漬物という献立でした。いや、感激。南禅僧堂で雲水のこしらえた飯を食えるなんて。
ゴマ粒のかけらひとつ残さずきれいに食べられる老師様、とりあえずまねします。あ、僕箸が逆さになってる。
なんか、ほんとちょっと言葉では表現できない感覚。
帰る際は皆さんで見送っていただき、また手を合わせ深々と頭を下げられる姿に、本気で感動しました。
次の目的地に向かう足は、自然と力強く。

このお箸は宝物。
つづく