龍が如く」なんてゲームが巷で流行ってるらしいが、ぼくにはよく分からない。
ぼくが16くらいの頃だっただろうか。ろくに学校にも行かずプラプラしてる頃の話。
どうしてなのかはよく覚えてないけど、夏休みでもないのに母方の祖父母がいる岩手県盛岡市に1人で遊びに行った。今思えば、大人の事情がいろいろとあったんだろう。
その期間中、祖父が所有する古い木造アパートの一室に住まわしてもらい、高校生ながら一人暮らし気分を満喫していた。
ある日の晩、突然金縛りにあった。
初めてのことで、マジで死ぬかと思った。玄関の方からなんか変な生き物が近づいてくる気がして、とにかく怖かった。
しばらくして金縛りが解け、深夜にもかかわらず大声で祖父母を呼んだ。
飛ぶように駆けつけた祖父に事情を説明すると、僕が足を向けて寝ていた方向の押入れをおもむろに開け、僕と向き合うように置かれていた年配の女性の遺影を手にとった。
女性は祖父の姉で、数年前に亡くなるまでこの部屋で暮らしていたと聞いた。僕がまだ赤子の時に一度だけ抱かれたことがあるらしく、祖父曰く、わざわざ山口から来てくれたおまえに会いにきたんだろうと。
その時に祖父から言われた言葉。
「おまえには龍神様がついとるから大丈夫」
なにいってんのこの人?ってのが正直なところで、なんにも気にしてはいなかったが、
それからいく月かが過ぎてそんなこともきれいさっぱり忘れてる頃に、今度は山口市にある小料理屋の女将さんにこう言われた。
「だいちゃん、二頭の大ーっきな龍が頭の上についとんねー!」
その女将さんはその筋じゃちょいと有名な人で、老若男女いろんな人からもたいそう慕われていた。
「でもねだいちゃん、龍神様は善と悪の神様じゃから、使い方を間違えちゃいけんよー!」

なんすかその出でよシェンロン的な話は。あれまてよ、この話前にも聞いたことあるな。
そうだ盛岡のじいちゃんが同なじこと言ってた!

その後また同じようなことを他の人から言われ、そういう事を信じない僕も、さすがに気にはなっていた。
とはいえ僕には俗にいう霊感的なものは全く持ち合わせておらぬし、たまたま龍の刺青など背中に入っていればなお合点のいくものの、あいにくそれも無し。辰年でもないしね。

ただひとつだけ。 僕は、世の中に起こりうる全てのものには御縁があり、また必然であると思っている。

開山八百年余、臨済宗大本山 建仁寺山門の天井に描かれた双龍図。
縦横10メートル以上、18畳もの天井で絡み合う龍の迫力に、思わず息を飲むとはこういうことかと。
何分そのままたっていただろう。
実は今回、一番来たかった、いや、来なければならなかった所。

あっ、だからってなーんにも変わっちゃいませんがねー(笑)

つづく